• 2017.06.27 UP

    6/27 今週のレコメンド

    こんにちは。グランドファンクの茂木英興です。

    今回は趣向を変えて映画にしてみます。
    僕の映像音楽感を決定した映画をご紹介します。

    僕らのような映像音楽制作会社は映画などの劇伴(背景音楽)を制作する際、
    以下のようなファクター、角度から音楽のイメージを固めていきます。

    ・登場人物の目線、感情にあてる音楽
    ・キャラクターのテーマとしての音楽
    ・映像のリズム(編集や会話など)に沿う、物語を煽りテンポアップする音楽
    ・シーンで起きてること(アクション、悲劇など)に寄り添う音楽
    ・俯瞰(神目線のような視点)からあてる音楽
    ・見ているお客様側の視点、感情に寄り添う音楽
    ・台詞と関係性の良い音楽
    ・映像空間と音楽空間の親和性のある音楽
    ・映像の中にある色味、明度との親和性のある音楽
    ・既存楽曲(著名曲など)を劇伴として機能させる
    ・映画全体(時代性やジャンル)との親和性のある音楽
    ・監督やスタッフの皆様の嗜好性 etc…..

    悲しいシーンに短調(マイナー)の曲、みたいな単線な結果は逆に少ないものなのです。
    ざっと思いつきで並べてみてもこれだけある・・・、案外よく考えてますよね。笑

    さらに広告音楽だと上記以外に

    ・企画意図に沿う音楽
    ・商品に沿う音楽(例えば食品とコスメと車では食い合わせの良い音色やジャンルが違ったりします。
    また、新商品なのか安定の王道なのか・・・などなど)
    ・流行、時代性を象徴する音楽
    ・商品、または企業価値を高めブランディングする音楽
    ・世代、性別などのターゲット層に訴える音楽
    ・訴求効果を狙った音楽
    ・上記全ての予想を超えた驚きの正解を持つ音楽

    というような視点が加わったりします。

    さすがに4千件以上の映像音楽の案件を横目で眺めてきた
    (4千件ですよ!!グランドファンク!!先日、理由あって数えてみて改めて目眩が・・・)
    ので上記のような判断はある程度条件反射でできます。
    さらに思考で角度、確度を分けつつ、音楽のソムリエとしてアイデアをいくつかご提案します。
    提案後はお客様の嗜好との調和が必要になりますので、
    うまくいったり、いかなかったり・・・ですが。笑

    前置きが長くなりましたが、思い切って言いきってしまうと
    上記のような判断をする際の僕の感性の下地は、
    高校生の頃に(もちろんリアルタイムではありませんが)見たこの映画で決まりました。
    (映画そのものの価値感ではなく、あくまで映像と音楽の関係についてです)
    ってことを言いたかったんです。ここまで長いなあ。

    『ミーン・ストリート』(1973)


    マーチン・スコセッシ監督31歳、ハーヴェイ・カイテル34歳、ロバート・デニーロ30歳。
    夢見る男たちの最高の一瞬がまばゆいばかりです。
    スコセッシ監督は既にこの段階で良くも悪くも完成しています(と僕の目には映ります)。
    オープニング、ハーヴェイ・カイテル演じるチャーリーの

    「教会で罪は贖えない
    我々は街や家庭で罪を贖う
    それ以外はまやかしだ」

    というナレーション〜街ノイズ〜サイレン〜
    ベッドに倒れ込むチャーリーの横顔に流れてくるロネッツの「BE MY BABY」の歪んだドラム。
    何度見ても・・・今だに素晴らしく、鳥肌が立ち、何もかもどうでもよくなります。
    『ミーン・ストリート』の景色の中で育った僕には
    タランティーノ監督作品も『トレイン・スポッティング』も
    (音楽の扱い方については)「ふーん」って感じでした。

    とはいえ・・・レコメンドしておいて何ですが・・・万人におすすめって映画でもありません。
    このワンシーンを見て、興味が湧いた方はぜひ。

    https://www.youtube.com/watch?v=WZ7UwnfQ2nA

    これを書きながら思い出した!!・・・この映画と同じ感触を持つ本をさらにご紹介(ホント長くてすみません!!)。

    音楽ライター野田 勉さんの『ブラックマシンミュージック ディスコ、ハウス、デトロイトテクノ』(2014)です。



    テクノやハウスがいかに黒人から生まれたブルースに近いソウルミュージックか、
    ということがこれでもかというくらい丁寧にレポートされています。
    僕にとっては『ミーンストリート』同様、ことあるごとにエネルギーをいただく一品です。

    10代前半から友達同士であり、ゲイであり、アフリカ系黒人である
    ラリー・レヴァンとフランキー・ナックルズ。
    十代半ばの彼らのクラブでの仕事の逸話をご紹介します。

    「ぼくたちの仕事のひとつにパンチ(注釈茂木:アルコール入りのジュース)作りがあった。
    アシッドのタブをちぎって混ぜるんだ。
    みんな次から次へとぼくらのところにやって来て、パンチはいつできるんだ?』とか
    『いつ持ってきてくれるんだ?』とか急かすんだよ。ぼくらは十六か十七だった。
    警察の面倒になるのはゴメンだし、このまま同じことをやっていたら危ないと思って、
    ぼくとラリーはある考えを思いついた。食べ物にまでアシッドを混ぜ始めたんだ。
    パーティの四時間か三時間前にはクラブに行って、ふたりで座ってすべてのアシッドを液状にして、
    それでもうあらゆるものに注射してやった。テーブルに置いてあるグレープやオレンジや
    バナナやら、とにかくすべてに注射したね。食べられるものすべてにね」
    (フランキー・ナックルズ/1996年)

    たったこれだけで80年代の村上龍さんの長編を読み終えたくらいのインパクトがあります。
    (ちなみにこれに匹敵するパンチラインはこの本の中にはゴロゴロ出てきます)。
    これから世界中のダンスミュージックを塗り変えてしまう(なんたってハウスを発明する)16、7歳、
    しかも黒人であり、ゲイでもあるマイノリティな二人・・・
    (そしてこの約20年後、ラリーレヴァンは1992年に37歳で夭逝します)を想うと、
    その命を瞬間瞬間にどうしようもなく爆発させていた青春の美しさにどうにも涙が出ます。

    スコセッシ監督の著書『スコセッシオンスコセッシ―私はキャメラの横で死ぬだろう (映画作家が自身を語る) 』の中に
    「自分を爆発させ、そして生き延びる男を描きたい」という言葉があり、
    それが『ブラック・マシン・ミュージック』と紐付いてしまい長々としたご紹介になってしまいました。

    ところで、われわれグランドファンクのメンバーは明日から三日間(6/28〜30)事務所にはおりません。
    揃って有明におります。 東京ビックサイトで行われる「映像・CG制作展」に
    VR上で音楽を表現するサラウンド・アプリを引っさげて、ブース出展しております。
    アシッドの話で泣いている場合ではありません。
    お時間許せばぜひぜひ遊びにいらしてください。

    http://www.creativejapan.jp/

    文責:茂木英興(音楽プロデューサー)